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―― Vol.02 引退 ――
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写真は1998年新春、筑波サーキットで行われた「バトル・オブ・ザ・ツイン ラウンド16」の予選中に撮影されたものです。この1ヶ月後、富士スピードウェイでレース前日の練習走行中に時速200キロで転倒、瀕死の重傷を負ってしまいました。でも、それが引退の理由・・・ではありません。その時の恐怖心からでもありません。本当の理由。それは、今まで心の中にそっとしまってきました。 |
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1995年春、今度は左足。慣れているとはいえ、骨折はもう勘弁してほしい気分でした。激しくコースに叩きつけられて、身体もマシンもボロボロ。明らかに自分の不注意でした。練習中の気の緩みが原因です。そんな、憂鬱な気分で、いつもの病院通いが始まったのでした。自分は動ける限り単純な骨折くらいでは入院しない悪い患者です。それでも、病院ベッド、車椅子、松葉杖、リハビリなどなど、一通りは経験しています。ある時は半年振りに自分の足で立ち、涙したこともありました。今回も半年後にはいつもの通り、レースに復帰していました。
病院では様々な人達と出会います。交通事故で怪我した人。自殺未遂で大怪我した人達とは色々な話をしました。そして、お年寄りの方々。その話に人生を勉強させていただきました。そんな中で、ある若い夫婦に出会ったのです。旦那さんが、仕事中の事故で腕を怪我して通院していました。奥さんが常に付き添っていて、仲むつまじい感じの夫婦でした。
何回か顔を合わせるうちに会話を交わすようになり、一緒に食事をするようになりました。その夫婦は、島根県から東京に仕事を求めて上京してきたのです。接しているだけでも、純朴で心が洗われるような、感じのいい夫婦です。怪我がお互いに治ってからも、時々会って食事をしたり話したりするようになり、自然と友人同士になったのです。
そんな関係が3年ほど続いていたのですが・・・旦那さんが都会の誘惑に負けてしまいました。ギャンブル、お酒、女性。彼には都会の刺激が強すぎたのです。最終的にはサラ金、闇金にまで手を出して家賃までも滞納。典型的な坂道を転げ落ちるようなパターンです。それを知ったのは、1998年の夏頃です。二人が車の中で、路上生活を始めたので気がつきました。おそらく、心配をかけたくなくて言えなかったのでしょう。
手元にレースの為に常に蓄えておいた貯金がありました。迷いませんでした。復帰の為に使うつもりでしたが、そのお金を二人に全て渡したのです。これで立ち直るようにと。最初、二人は受け取りませんでした。じゃあ、少しずつでも返してくれればいい。真面目に頑張れば返せない額ではないのだからと、強引に渡してしまいました。二人は目に涙を浮かべて喜んでくれました。自分もこのまま治療がうまくいっても、復帰できるのは早くて1年後、さらに数年復帰が延びるのは気にもなりませんでした。それよりも二人の方が大事だったのです。
それから数ヶ月後、二人と急に連絡がとれなくなりました。忽然と姿を消してしまったのです。そして自分は、レースの世界から身をひきました。表向きは、致命的な事故による引退。でも、本当の理由は違います。自分のとった愚かな行動で、気持ち的に続けることが出来なくなったのです。その理由を他人には言えませんでした。二人のせいではありません。自分の責任です。自分のしたことが、逆に二人を追い詰めることになってしまったのです。
二人が今でも自分たちのとった行動を後悔しているのがよくわかります。でも、その必要はないのです。自分自身、まったく二人を恨んでいません。逆に自分のとった安易な行動を悔いているのですから。
今は笑顔で再会できる日を楽しみにしています。必ずその日が来ることが、自分にはわかっているのです。 |
2004/09/20 |
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