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―― Vol.03 霊能力 ――
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自分の霊能力は本物なのか?国家試験でもあれば判断がつくのですが、何ともスッキリしない感がありました。もしかしたら自分勝手な妄想のようなもので、幻覚が見え幻聴が聞こえるような脳障害なのかと思ったことがあります。そこで、脳神経外科に出向き、診察(脳波測定・CTスキャン)を受けました。その結果は、どこにも異常がなく、医師いわく「落ち着いていて、正常で非常にいい状態」と言われました。果たして自分は本物なのか、少し書いてみます。 |
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生まれた直後からの記憶があります。病院の廊下を看護婦さんに抱かれて別室に連れて行かれるところです。不安でした。何処に連れて行かれるのか。薄暗い廊下、ひんやりしていて看護師さんの足音だけが耳に響いていました。生まれた直後から、様々なことを感じ考えていました。
小学生の頃の運動会の時です。校庭に寝転んでぼんやりと空を眺めている時でした。いくつもの白い光の玉が上空に向かいって飛んで行きました。魂が天国に行くのだと感じました。友達にそれを言ったのですが、自分だけにしかそれは見えていなかったのです。それからは、何を見ても感じても、心に閉まっておく子供になってしまいました。
自動車免許とりたての頃、友人と3台の車を連ねて伊豆方面にドライブに行った時のことです。海沿いの峠道、真夜中、雨も降っていて視界も悪いので慎重に走って時です。突然、目の前に黒い人影が現れました。急ハンドルを切ってかろうじて避けられましたが、断崖絶壁の崖から落ちる寸前でした。私の前後を走っていた友人達は、そのような人影は見ていません。後でわかったのですが、そこは自殺の名所だったのです。道連れにしようとしたのでしょう。
18歳、夜学に通いながらレース活動を始めました。ある程度の危険な世界であることは承知していましたが、始めてわずか1年たらずの間に何人もの人が亡くなる場面に遭遇しました。国内で起きたレースでの死亡事故のほぼ全てです。その中には同じレーシングチーム員の2人もいました。1人は転倒した際に、自分の乗っていたオートバイのハンドルが首に刺さって、翌日亡くなりました。もう1人は、サーキットの3重の防護柵を突き破って、首から下の骨を全て骨折して20日後に「疲れた・・・」と、言い残して息をひきとりました。スタート直後に転倒した際に、火だるまとなったオートバイの下敷きになって亡くなった人も見ました。また、観客席に飛び込んだ車輌によって5人の人が一度に亡くなる場面を目のあたりにもしました。その体は肉片とかしていました。まだありますが、それぞれ同じ声が聞こえていました。他人は「好きなことで死ねたから本望だ」と言っていましたが、死んだ人達は一様に「まだ死にたくなかった」と言っていたのです。亡くなる場面に数多く遭遇したのは偶然だけでは片付けられません。警告したかったのだと思います。そして、その警告を心にとめてレース活動を続ける決心をしたのです。それからは、不思議と人が亡くなる場面には一切遭遇しなくなりました。そして、引退。カミングアウトする時がやってきたのです。
他にもオカルト的な体験なども含めて数多くありましたが、止めておきます。ただ、子供の頃から誰にも言わずにいた自分が、カミングアウトしてからは、確実に、見える、聞こえる、感じる、の状態が変わってきています。それまでは、見えていない、聞こえていない、感じてない、と全てを否定していた自分がいました。理論的にありえないことは現実ではないと。しかし、全てを認めた時から、見え方、聞こえ方、感じ方、が変わってきたのです。具体的に説明すると、嫌なものや変なものから、いいものだけが、見え、聞こえ、感じる、ようになったのです。おかげで精神的にはだいぶ楽になりました。
霊視カウンセリングの状態を具体的に説明するのは難しいことです。それは、それぞれ霊視カウンセリングを受ける人によって違うからです。そう、100人いれば100人分の性格があるように、霊視カウンセリングの状態も千差万別です。同じような人が同じような悩みでも、伝えることが全く逆の場合もあります。自分で考えることはあまりありません。魂や守護霊、時空超えた天空に存在するあなたと会話しながら霊視カウンセリングしています。困ったことに授かる情報量が膨大な場合もあります。頭の中にパンパンにデーターが詰まったフロッピーディスクを差し込まれたような感じです。それを整理して説明するのにも苦労します。また、的確に伝えるための言葉を探したり置き換えるのも大変です。
幼い頃から勉強嫌いな怠け者だったので、自慢できる学歴も資格もありません。学生時代の成績は5段階評価で1・2・3のオンパレードでした。将来のことも考えずに、その時その時で自分の好きなことだけをやってきました。霊関係や様々な占いのことも全く知りません。関係書籍を一度も読んだことがありません。全く興味がないのです。キリスト教の家系なのですが、それにも一切興味がありません。霊視カウンセリングでは逆に専門的なことを教えていただくことがあるほどです。
では、何故こんな人間が霊視カウンセリングできるのか?その理由は簡単です。霊視カウンセリングは、天空が自分に与えた試練です。ダメな人間、ダメな魂の持ち主だからこそ、しなければいけないのです。霊視カウンセリングすることで、自分自身と自分に宿っている魂は確実に成長し高まって行きます。自分にとっての霊視カウンセリングは、今までの人生において、それを怠ってきた酬いのようなものです。世の中にはすばらしい先生方もいますが、自分のような人間もいるのです。先生と呼ばれるには全く値しませんが、これからも霊視カウンセリングを受けられる人々と共に学び、成長して行きたいと思います。 |
2004/10/17 |
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